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■北海道旅行計画のポイント

■みなさんは、本当の北海道を知っているのだろうか。
かに、うに、パウダースノーの北海道なんですが、みなさんは、本当の北海道を知っていますか?

楽しい北海道旅行をする前に、知っていてもらいたいことがあります。

約100年前まで北海道は、蝦夷(えぞ)と呼ばれた未開拓地でした。
そこには先住民族のアイヌ人が住んでおりました。

網走に刑務所ができ、囚人に道を作らせました。
今の北海道の幹線道路のほとんど道路が、それが基盤になっています。

囚人たちには、逃げないように足に鉄の玉をつけ、現代のように、機械化された道具はなく、すべて手作業で木を
倒し、岩を砕き、石をよけ、整地して行きました。

電波少年の「アンコールワットの道」というものがありましたが、あの労働とも、比べ物にならないほど過酷な労働だったことで
しょう。冬は、吹雪などあり、地獄そのものだったと思います。

数百人と死んでいき、死体は道の横に埋められて行きました。

北海道民も含め旅行者は、北海道の快適な広い道に開放感を感じ、アクセルを踏んでしまうと思いますが、
それは過去の囚人の方のお陰だということを忘れないでほしい。

参考:網走監獄館


北海道には以前、ニシン御殿、ハッカ御殿なるものが存在しました。

豊かなニシン魚場の松前(函館近く)、小樽は明治・大正時代は出稼ぎ漁民「やん衆」が溢れ、
ニシン漁に湧きかえり立派なニシン御殿があちこちに建ったそうです。


北海道のバブルな時代だったのかもしれません。
バブル(夢)の間に、資源の大切さに気がつかず、乱獲により、ニシンの漁獲高は減り、
現在は、高価な魚になってしまいました。

一方、ハッカ御殿についてですが、(ハッカ=ミント)
北海道の北東の北見地方でハッカが耕作されたのは明治30年頃と言われ、
冷害に強く比較的耕作しやすかったことと高収入が得られたことから、
急速に耕作が増え瞬く間に当地方の主要作物となりました。

昭和10年代の最盛期には世界市場の7割を占めたと言われていました。
はっきり言って、すごいです。

ハッカが大地を覆い尽くし、仲買商は豪壮な邸宅を建てて隆盛を誇った。
建築には地元の大工・山中金五郎が3年の月日を費やし、一刀彫で仕上げた彫刻欄間など、至る所にぜいを尽くした壮大
な家構えを、人々はいつしか「ハッカ御殿」と呼ぶようになった

第2次世界大戦時の食糧増産、戦後の原油からの合成ハッカの台頭等により、
遂に昭和53年の統計からはその数値が消えてしまいました。残念な話です。

ちなみに、ハッカを「薄荷」と書きますが、これは収穫されたハッカが油として瓶や缶に入れられ、コンパ
クトになるため、「荷が薄くなる意」の字が当てられたからとも言われています。

北見駅は、ミントの良い匂いがします。
1日3回ミント(ハッカ)スプレーを構内にかけているそうです。

参考:北見ハッカ記念館


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